色と質感からプロダクトの世界観とストーリーを伝える、「HA-NP1T」のCMFデザイン

色と質感からプロダクトの世界観とストーリーを伝える、「HA-NP1T」のCMFデザイン

Victorブランド初のイヤーカフ型ワイアレスイヤホンとして、2024年11月に発表した「HA-NP1T」。“音の聴けるアクセサリー=音アクセ”をコンセプトに、「ティールブルー」「マルーン」といったユニークなカラーバリエーションを展開する本製品の開発においては、製品の色・素材・仕上げを決めるCMFデザインが大きな役割を果たしました。JVCケンウッド・デザインでプロダクトデザインを担当する成田が、本製品のデザインプロセスを振り返ります。

CMFデザインを決定付ける、世界観の構築と徹底したリサーチ

「音が聴けるアクセサリー」という本製品のコンセプトはどのように決まったのでしょうか?
最初の企画書の段階で、製品のスペックとターゲットに加えて、「アクセサリーのようなイヤホンをつくりたい」というコンセプトの大きな方向性があったんです。プロジェクトがはじまった2023年の時点では、Victorブランドにとってイヤーカフ型のイヤホンの開発はこれまでにない試みでした。そのため、アクセサリーのような造形の製品に振り切ることで、イヤーカフ形状の特長を活かしながら他社との違いを表現できるのではないかと考えました。JVCケンウッド・デザインでは、打ち合わせを通じてコンセプトをどのように解釈し、最終的な造形やCMFといったデザインに落とし込んでいくのか、チームメンバーと話し合いながら進めていきました。

CMFデザインの検討プロセスについて教えてください。

人が身につけたいと感じ、選びたいと思うものをデザインする時には、世界観をつくることがとても大事だと思います。自分たちが商品を届けるユーザーがどんな生活をしていて、どんな感性でものを選び、どんなものを好むのか。そういった製品が提示する価値観の軸となるものを定めてから、具体的な質感や色を決めていきます。また、近年イヤホンは音を聴く道具であると同時に、自己表現の手段としての側面が強くなっています。選ぶ製品が「どういう生活をしているか/したいか」の意思表明であり、着けることで自分らしさやこだわりを示すツールになっています。

たとえば今回の場合、製品を届けたいユーザーの人物像として、都会的で洗練された感覚を持ち、自分の感性を大事にしている女性を想定しています。身につけるものに一つひとつに、自分の価値観や感性を反映させたいと考えるユーザーです。

具体的なカラーにはどのように落とし込んでいきましたか?

グローバルトレンドや流行色を予測する情報などから、トレンドを表現する上でどのような素材が選択されているのかを調べながら時代背景を読み解き、今回の世界観を表現するカラーを選んでいきました。感性だけが判断軸になってしまわないように、世界観をつくるのと同時に、かならず説得力のあるデータも提示するようにしています。

製品のカラーバリエーションを「群」で見せる時の雰囲気も意識していて、製品の世界観が伝わるようにバランスを考えています。また、カラーリングと同時に色名も考えていて、ブラウンではなく「マルーン」、グレイッシュな水色を「アイスグレー」と呼ぶことで、細かなニュアンスが伝わるような色名を提案しています。ターゲットの価値観や製品コンセプトから、のイヤホンとしては挑戦的な色を提案しました。本製品のターゲットの人物像に近い女性社員にアンケートを実施した際に、現在の「マルーン」や「ティールブルー」に票が集まったことも決め手になりました。本社の企画担当の方の後押しがあったことも大きかったですね。

映画監督のように、質感と色でストーリーを伝える

仕上げ(フィニッシュ)の検討プロセスについても教えてください。

ガジェット感を排除し、アクセサリー感覚で身に着けてもらえるようなCMFデザインは 、本製品でもっとも意識していたことだったと思います。普段身に着ける アクセサリーにすっと馴染む仕上げにこだわりたかったので、色と質感を検討するためのサンプルを常に手元に置きながら検討を重ねました。最終的にはモックメーカーの工場で缶詰になり、プロの調色師の方にサンプルを出してもらいながら微調整を繰り返していきました。実際に塗装を吹き付けてみると、イメージとは違う場合もあるので、2. 5日ほどかけて詰めていった感じでしたね。

アームの部分には、金属蒸着のコーティングをしていて、ブロンズやシャンパンゴールド、プラチナといったアクセサリーとも親和性 のあるカラーを選んでいます。ケースの蓋を開けた瞬間の感動やわくわく感を体験としてつくりたいなと思っていたので、ケース本体とイントルナー部分との対比を質感と色で持たせることで、金属調のアームの華やかさを際立たせています。

2025年の夏には「エターナルブルー」「ソルティオリーブ」「サンドピーチ」の3色が追加されました。これらの検討はどのように進めていきましたか?

最初から夏の販売予定が決まっていたので、季節感のある3色の追加カラーをデザインしています。最初の5色との違いをどれだけ出すのかは迷いましたが、ただ見た目の印象を変えただけでは製品として深みがないものになってしまうため、ストーリー性を持たせ、ユーザーに共感してもらえるような方向性を提案しました。

ベースとなるターゲットは同じなので、おしゃれに敏感な都会の女性が、夏のバカンスに行くのはどこだろうと、同じようにユーザーシナリオを考えていきました。その時に、きっと南仏に行ってロマンチックで甘美な夏を過ごすんだろうなと、彼女たちのストーリーが浮かんだんです。都会とは異なるバカンスの過ごし方をする時に、彼女たちはどんなイヤホンをつけるんだろうと想像しながら、この3色を選んでいきました。

偏光パールが特徴の新色には、それぞれにストーリーを込めています。夕日に染まる夏の海や、西陽を受けて輝く樹々のように、ベースカラーとパールの色をひとつの風景として捉えています。そうした細やかな色のニュアンスから、旅の情景やストーリーを感じてもらえると嬉しいです。

私は企画を組み立てていくときに、映画的な考え方をする癖があると思います。映画監督になるような気持ちで、ターゲットとなる人物を主人公に、2時間の映画の演出を考えていくんです。今回の場合は、きっとキャリーケースにお気に入りの服とヒールを詰め込んで、小さなバッグを身につけて南仏に行くんだろうなと、そんなイメージを膨らませていきました。社内のメンバーが共感してくれるように、世界観を伝えるためのストーリーを言語化し、イメージだけではなくテキストで伝えることも意識しています。こういった後々立ち戻れることができるものをつくるのは、製品のプロモーションを進めていく中でメンバーの認識がばらばらになってしまわないためにも重要です。その分、年々テキストが長くなってしまうんですが…(笑)。

性別や年代を超えた新たなブランド製品のデザイン

こういった世界観をつくる上で、普段から意識していることはありますか?

普段から映画はジャンルレスになんでも観るようにしていますし、ショートムービーも好きでよく観ています。余白のある、考えさせるような作品が好きですね。ファッションにもずっと興味があるので、雑誌は定期的に読みますし、本もよく読みます。あとは、メンズも含めてファッションショーを見るようにしていて、いまどのような色が流行っていて、どのような素材に落とし込まれているのかをチェックしますし、ストリートスナップやSNSを見ながら、今回のコンセプトの中に登場するような人たちがどんな生活をしているのかを参考にしています。

製品の反響はいかがでしたか?

私は自分が担当した製品のレビューやコメントをよく見る方なんですが、服を選ぶようにこのイヤホンを選んでくれた方や、この色に一目惚れして購入してくれた方もいましたね。色違いで使い分けてくれている方もいて、そんなふうに使ってもらいたいと思っていたので、とても嬉しく感じました。

また、2025年度のグッドデザイン賞を受賞することができ、審査員の「わたしの選んだ一品」にも選出していただきました。審査員の方から、「性別や年代を問わず多くのユーザーを惹きつける美しさを持つ」とコメントをいただいたのがうれしかったですね。本社の方からも、女性だけではなく男性のユーザーが多いことを教えてもらい、当初の想定を越えた方々に愛着を持って使っていただけるようなプロダクトにできたのがよかったなと感じています。

同じくグッドデザイン賞の選考の際に、審査員の方から「日本人的な色の使い方ですね」と言われたことも印象に残っています。テキストでコメントをいただいた際に、「繊細な色合いと上質な質感が織りなす、アクセサリーのような佇まい。小さな構成部品の隅々まで注がれた細やかな配慮が、製品全体の品格を感じさせる」といった一文があり、自分では意識していなかったのですが、CMFのバランス感や感性に日本的な感覚があるのかもしれないなと。日本の音響機器メーカーのデザイナーとしてはとてもうれしい言葉でしたね。最初はあまりピンと来なかったんですが、今後自分でも答えを探しながら次に活かしていきたいと思います。

最後に、今後取り組んでいきたいことをお聞かせください。

イヤホンはすでに市場では成熟したジャンルですが、ただ音楽を聴くだけのものではなく、自分らしさやこだわりを主張するツールとして選ばれる時代になってきていると思います。そういった中で、Victorらしさを守りながら新しい独自性のある製品をデザインしてみたいという夢がありますね。ブランド製品のデザインには、らしさを表現しつつ、さらに多くの方に届けるためにはなにが必要なのかを考えるおもしろさがありますし、チームが一丸となってプロダクトデザインからプロモーションまで一貫したストーリーをつくる楽しみがあります。

これまでイヤホンのように指の上に乗るくらいの小さな製品を主に担当してきたため、今後はヘッドホンといったもう少し大きなボリュームのある製品もデザインしてみたいと思っています。きっと製品の見せ方や考え方、視点も変わってくるんじゃないかなと。できることはまだまだたくさんあると感じているので、貪欲にいろんなものをデザインしていきたいですね。

Profile

Ayano Narita
  • Product Design

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