2028年10月の経営統合20周年に向けて、JVCケンウッドでは周年記念活動「JVCKENWOOD Anniversary」がスタートしました。本記事では、この節目に、これまで蓄積されてきたデザインの思想や進化を読み解くため、プロダクトデザイナーとして40年のキャリアを歩んできた、髙本雅洋と竹田克己による対談をお届けします。
それぞれ1986年にJVCケンウッドの前身となる日本ビクター株式会社と株式会社ケンウッドに入社した髙本と竹田は、時代とともに変化してきたプロダクトデザインの現場を体験しながら、ブランドの歴史の一端を担う製品開発に取り組んできました。ブランドの変遷を知るふたりのデザインエピソードを振り返りながら、現在も続くブランドアイデンティティのルーツを探っていきます。
プロダクトデザイナーとしての40年のキャリアを振り返る
おふたりが入社されたのは1986年とのことですが、当時どのような経緯でプロダクトデザイナーを志望されたのかをお聞かせください。
髙本 僕は学生時代、金沢美術工芸大学の産業デザイン学科工業デザイン専攻に通っていたんですが、当時のデザイン系の大学生は、卒業後に自動車か家電のデザイナーになることが多かったんです。その頃の僕はそれほど車に興味がなかったので、大学3年生の時に首都圏の家電メーカーへ見学に伺い、家電のデザインの道に進むのがおもしろそうだなと考えていました。その後、大学の教授から日本ビクターの求人情報を教えていただき、2週間ほどの現場実習に参加してから、内定をいただくことができました。

竹田 僕は東京造形大学に通っていたんですが、もともとオーディオが好きだったので家電メーカーの就職先をいろいろと調べていました。ちょうど、ケンウッドがトリオから社名を変更した年で、CI(コーポレートアイデンティティ)のデザインが成功して話題になっていました。製品デザインもかっこよかったですし、カタログもとてもかっこよかった。ケンウッドで働いていた大学の先輩に連絡を取って話を聞かせてもらい、その後入社試験を受けることを決めました。

入社から現在にいたるまでの長いキャリアを通じて、デザイナーとしてどのような変遷がありましたか?
髙本 当時のビクターは家電系の製品を一通り展開していて、社内では「オテビ」と呼ばれていたオーディオ、テレビ、ビデオが三大事業だったんです。僕が入社した頃に新たな製品ジャンルとして花開いたばかりだったビデオカメラのデザインを担当することになり、その後は数年ごとに仕事をローテーションしていきました。ビデオデッキ、ポータブルオーディオ、ラジカセ、MDコンポ、イヤホン・ヘッドホンなど、テレビ以外のジャンルはすべて経験しましたね。
竹田 僕は入社後すぐにホームオーディオの担当になり、単品コンポからミニコンまで十数年ほどの経験を積んでからカーオーディオに移りました。市販と車載メーカー向けのどちらの製品も担当していたので、一時期は複数の自動車会社に通い詰めていましたね。その後、無線機の一部を担当してからは、GUIのマネージャーを務めることになり、そのあとはコミュニケーションデザインのマネージメントなどを点々としました。おそらくKENWOODのほぼすべてのジャンルを経験したのではないかなと思います。
エポックメイキングな製品開発への挑戦
今日はおふたりがこれまで担当された製品の中で、特に思い出深いものについてお聞きできればと思います。まずは髙本さんからお願いします。
髙本 これはVictorが93年に売り出していた「ドラムカン」(RVシリーズ)と呼ばれていた商品で、アメリカでは「KABOOM」、欧州では「BoomBlaster」という名前で展開していたものです。当時としてはかなりの重低音を出すことができる、まったく新しいコンセプトの製品で、かつて前橋にあった事業所で技術サンプルを見た瞬間、すぐにこの円筒形のデザインが頭に浮かんだのを覚えています。通常は山ほどスケッチを描いてデザインを検討するんですが、A1のトレーシングペーパー2枚分に原寸のラフスケッチを描き、すぐにCADで作図をはじめました。

ちなみに、技術サンプルとはどういったものなのでしょうか?
髙本 モックアップはかたちを検証するためのもので、技術サンプルは、製品のコンセプトが表現されているかどうかを、実際に音を出して検証するProof of Concept (PoC)のようなものですね。海外にデモンストレーションに行った際には、ABS樹脂の大きな塊でつくったモックアップの中を切削加工でくり抜き、技術サンプルを仕込んだファイナルモックを海外企画会議に出席する商品企画の人に担いで持って行ってもらい、実際に音を鳴らしてプレゼンテーションをしました。
製品の発売後、どのような反響がありましたか?
髙本 当時のラジカセの価格としては破格の3万円以上の製品だったのですが、ヒップホップブームの影響もあり、メインターゲットだった北米市場ではローンを組んで買ってくれる方が多かったですね。欧州においても、ドイツを中心にロングセラーになりました。
80年代アメリカのダウンタウンでは、大型のラジカセを担いで街を歩いたり踊ったりするカルチャーがあり、そうした使われ方やユーザー像を思い描きながらデザインしました。当時、横浜駅で横須賀ベースの方らしき男性がスケルトンモデルを肩に担いで歩いているのを見て、想定通りの人に届いているんだなと、嬉しかったのを覚えています。
この商品に限らず、店頭に並んだ自分の商品を誰かが触ってくれているのを見るのはやっぱり嬉しくて、わざわざお店に行ったりしましたよ。売れなかった時は店頭に近寄れなかったのですが…(笑)。
思い出深いもう一点はビデオデッキの「HR-V10」で、当時上長から「もっと新しい、見たことのない黒を目指して欲しい」と言われ、アルミ加工仕上げメーカーの提案を採用し、漆のような仕上げを目指した製品でした。製品全体で「漆黒」にとにかくこだわり、塗装ができないボタンやリッド(蓋)といった部分には光沢のあるABS樹脂高輝度材を使用しています。

ただ、塗膜の弱さから傷や打痕が残りやすいという欠点があり、外観不良が多く発生してしまったんですね。ある日、機構担当の部署から僕宛に送られてきた段ボールの中に、不良品になってしまった20本ほどのフロントパネルが詰められていて……良くも悪くも記憶に残っている製品です。
そういった他の部署との緊張感のあるやりとりは当時多かったんですか?
髙本 当時は事業部ごとに文化がまったく違ったので、状況によって対立することもあれば、がっつりスクラムを組んで製品開発に取り組む時もありました。その分、仲が深まることも多かったですし、なにより楽しかった。当時は技術が革新されていく途上だったので、みんなが勉強していたんです。
Victorブランドは伝統や温かみが特徴としてあったんですが、同時にエポックな製品をつくりたがる会社でもあったんですよ。売れなくて失敗したものもたくさんあったものの、ブランドとして挑戦し続けているところがVictorの魅力ですし、自分も常々そういった製品をつくりたいなと思っていました。
アイデンティティを表現する手触りとたたずまい
それでは、竹田さんの思い出深い製品のお話もお願いします。
竹田 この「K’s CORE-7000」は、ハイファイの音質を小型サイズに凝縮したハイコンポというジャンルの「K’s 」の第二世代です。第一世代でつくり上げた製品のコンセプトと魅力をどのように進化させるかに苦心しました。当時のミニコンポとしては最上クラスのセットでしたので、製品の影の拾い方や手触り、佇まいをどう表現するかを意識しました。
当時のKENWOODは「3年間モデルチェンジしない」というキャッチコピーに基づいてロングライフ商品を目指していました。K’sだけでなく全ての製品をデザインするうえで、現在まで続くKENWOODの製品のアイデンティティ「先進性・鋭さ・高品質」の3つの特徴を、いかにデザインで表現するのかを常に意識していましたね。これを意識することでKENWOODらしさが生まれ、他社との差別化になっていました。

髙本 それだけ古びないデザインをやっていたのは、当時としてはすごいことですよ。KENWOODの製品はシャープでキレのいいデザインが特徴で、コンシューマー商品の中でも飛び抜けてかっこよかった。Victorにとって最大のコンペティターであり、社内のエンジニアが製品を分解しながら研究していて、僕も負けてられないなと思っていました。
竹田 確かに、「なにか尖ったモノを創ろう」「他社と違うモノを創る」という想いが当時は非常に強かったと思います。そうでもないと他社に勝てなかったので。同時に、「特別なモノを所有したい」というユーザーの想いにどう答えるかが大事な時代でもありました。ビクターはオーディオの老舗としてすばらしい技術力を持ったメーカーだと思っていましたが、先進的な製品も多かったですよね。
それから「HS-017M」は、カーオーディオのデザインチームに移動して担当した最初の製品です。当時は若い世代が車にお金をかけていた時代で、カーオーディオも実用性だけでなく、自分を主張する“趣味商品”という側面が強かったです。クロスオーバーネットワーク(オーディオ信号を低音と高音に分離して適切な信号を送る電子回路)を円筒形にして、スピーカーの背面にねじ止めするアイデアを思いついてスケッチに混ぜたところ、企画者も設計者もそのデザインを選んでくれました。車載スピーカーは、装着してしまうとほとんど目にすることがないので、背面にコストをかけたデザインをよく許してくれました。設計的な難易度が高かったかと思いますが、技術者も面白がって開発を進めてくれました。

もう一点、印象に残っている製品は、無線機の「TK-2200/3200」というモデルです。現在も続くKENWOODの無線機ラインナップの統一コンセプトができたばかりの頃で、いかにこのコンセプトを製品で表現するのかを考えてデザインしました。手にフィットさせるために、握る部分の筐体の形状を絞り、“持ちやすさ”という機能をアイコン化することが目標でした。

コンセプト同様、この製品の造形はプロダクトアイデンティティとして現在も引き継がれていますね。完成までにはどのような試行錯誤がありましたか?
竹田 何パターンかスケッチを描きましたが、検討会で企画や設計担当のメンバーのみんなが「これがいい」と言ってくれて、割とすんなりと決まったんですよ。僕が担当した無線機はあとにも先にもこの一台だけでしたが、アイコニックな造形を創ることができたのはよかったなと思います。
同業他社であるビクターとケンウッドが、JVCケンウッドとして統合された際に、おふたりはどのように感じたのでしょうか?
竹田 不思議な感じでしたね。最初の頃は会社で顔を合わせるのも気恥ずかしかったので下を向いて歩いていました(笑)。
髙本 お互いのブランド名を気軽に口にできない感じはありましたね。ただ、僕は統合されてすぐにKENWOODで無線機の部署のマネージャーを務めることになり、そんなことも言ってられなくなってしまった。これまでのやり方が通用しないことも多々あるんだろうなと、覚悟を決めたのを覚えています。
それまで無線機をデザインしたことはなかったのに、いきなりKENWOODを象徴する製品を担当することになったので、当時KENWOOD無線機のデザインフィロソフィーについて3時間ぐらいのレクチャーを受けたんですよ。KENWOODが積み重ねてきたフィロソフィーはもちろん、どのようなことを考えながら製品をつくってきたのか、過去の製品も見ながらじっくりとお話を聞くことができたのは、いま考えてもいい経験でしたね。
3D CAD導入以前のデザインプロセス
おふたりはデザインプロセスの変化も体験されてきたと思いますが、現在との違いとして感じることはありますか?
竹田 近年は海外生産がほとんどなので、なかなか現場に立ち会えないと思いますが、かつてはお付き合いのあるサプライヤーの工場にうかがい、加工方法について相談することができました。K’sのパネルに特殊なアルミ加工をした時は、工場の職人さんと直接議論し、スピーカーの天然木の曲面加工については、ギターをつくっているメーカーにご協力いただき、工場に通って色々と教えてもらいました。
頭の中で考えられることには限界がありますし、工場の方とディスカッションしながら、実際に目で見て、手で触る経験は、デザイナーとしてとても重要な経験だったと思います。
髙本 僕の入社時は2D CADが全社的に使われるようになっていた丁度過渡期の頃で、CADを使えない先輩社員もまだ多かったですね。その頃のプロダクトデザイナーは「スピードライ」という油性マーカーでトレーシングペーパーにスケッチを描いていたんです。ドラフター(製図台)を机のように倒して使って、参考雑誌に囲まれながら、足元にはサンプル品が積まれていました。CADを使えない大先輩が描いた手描きの図面を見ると本当に綺麗で、それ自体がひとつの作品に見えました。CADはいくらでもあとから修正できますが、先輩はあらかじめすべてのレイアウトを頭の中で決めて、鉛筆でトレペの上に描いていく。かっこいいなと、時々こっそり図面を引っ張り出して眺めていましたよ。
ほかにも、制作部という部署には木工技術の職人がいて、デザイナーが描いた図面をもとにモックアップをつくっていました。塗装ブースもあったので自分で調色もできましたし、写植機やToo製の「カラーイーズ」というインレタを内製できるツールも用意されていましたね。3D CADが導入されたのは僕が中堅になった頃で、ソフトがかなり高額だったため、若い社員に優先的に配布されていました。


「モノ」の情緒的な価値を生む、プロダクトデザイナーの仕事
今日はプロダクトデザイナーとしてのおふたりのキャリアを振り返ってきましたが、あらためてブランドとしてのVictorとKENWOODの魅力や強みは何だと思いますか?
髙本 Victorは、VHSのように多くの人が使いやすい規格やハードウェアを開発してきましたし、エンタメのようなコンテンツ事業も通じて、お客様とのタッチポイントをできるだけ多く持ちたいという思いがあるブランドだと感じます。そのDNAを持つJVCケンウッドという会社も、これまでのマインドを継承した製品デザインを大切にしていってほしいと思います。
竹田 Victorは様々な客層に向けて幅広い領域をカバーしたブランドですよね。
KENWOODブランドは、Victorに比べると領域は広くありませんが、音響、通信、車載などに特化した「専門性」や、無線機をはじめとするプロフェッショナルの過酷な環境に対応する製品開発で培った「信頼性」に強みがあります。これからもブランドが持つ強みや特徴を丸めることなく、“尖った”形で表現することが大事だと思いますし、KENWOODとVictorというそれぞれのブランドの強みを、JVCケンウッドの強みにしていくことがとても重要だと考えています。

最後に、今後のJVCケンウッドのブランドを担う次世代のデザイナーに伝えたいことをお聞かせください。
竹田 マネージメントに携わるようになってから気をつけていたのは、あまり僕らの世代の価値観を押し付けないようにすることですね。伸び伸びと仕事をしてもらった方が、デザイナーそれぞれのいいところが発揮されますし、より高いパフォーマンスが出ると思っています。
僕らが入社した頃は、音楽を聞くにはオーディオ、映像を撮るにはビデオカメラが必要でしたが、いまはスマホ1台ですべてできてしまうので、ものに対する価値観は昔とはまったく違いますよね。かっこよさに対しての感覚も変わってきていますし、これからのプロダクトデザイナーは社会的な背景を踏まえながら、自分たちがデザインするプロダクトが社会にどのような影響を及ぼすのかを考えることが重要になってくるのではないかなと思います。
この仕事の魅力は、自分のつくったもので人の気持ちを動かすことができることに尽きると思うんですね。手触りや使い心地のよさを創ることができる数少ない職業のひとつです。人間自体がアナログなので、手で触れて心地よいと感じたり、目で見て美しいと思ったりできる情緒的な価値はこれからもなくならないはずで、世代を問わず普遍的なものだと思います。
髙本 われわれは「モノ」に思い入れがあり、仕上げや手触りを重視する世代ではありますよね。僕らの世代のプロダクトデザイナーは時計やライターが好きな人が多く、なにかしら手元にあるものに愛着を感じている人が多かったと思います。
そういった手で触れて感じることができる体験は、仮にアプリのデザインが主流になったとしてもなくなってはいけないと思うので、プロダクトデザイナーである以上は、ユーザーとの最後の接点である「手触り」へのこだわりをなくさないで欲しいなと思いますね。
Profile
- Masahiro Takamoto
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